病院経営を支える節電対策 – 医療の質を守りながら実現するコスト削減の実践法

電気代の高騰が続く中、病院経営において電力コストの削減は喫緊の課題となっています。延床面積75,000㎡規模の病院では、年間電気代が1億円に達することも珍しくありません。これは月額約833万円、一般家庭の約1,000倍に相当する金額です。病院は24時間365日稼働し続ける施設であり、医療機器や空調設備を止めることができないという特性から、電力消費量が非常に大きくなります。

しかし、節電対策は単なるコスト削減だけでなく、病院経営において複数の重要な意味を持ちます。固定費の削減による経営基盤の強化、環境への配慮とSDGsへの貢献、そして災害時など緊急時に限られたエネルギーで医療業務を継続するための備えにもなるのです。

本記事では、医療の質を維持しながら実践できる効果的な節電対策を、具体的な数値や事例を交えて詳しくご紹介します。

病院の電力消費の特徴を理解する

効果的な節電対策を実施するには、まず病院のエネルギー消費構造を正しく理解することが重要です。病院のエネルギー費の平均比率は、電力が58%、燃料が15%、水道が27%となっており、電力が最大のコストを占めています。

電力消費の内訳を見ると、**空調設備が全体の約50%**を占め、最大の消費源となっています。病院では患者の療養環境を適切に保つため、24時間365日体制で温度・湿度を管理する必要があり、空調を止めることができません。次に大きな割合を占めるのが照明です。夜間診療や緊急対応のために常時点灯が必要なエリアが多く、長時間稼働による消費電力が積み重なります。

さらに、生命維持装置をはじめとする医療機器、入院患者への食事を提供する給湯・厨房設備、衛生管理に欠かせない滅菌・洗浄設備なども、継続的に電力を消費します。

病院特有の制約として、患者の療養環境を最優先しなければならない点、医療機器の稼働継続が必須である点、24時間体制による高い稼働率などが挙げられます。これらの制約を踏まえた上で、実践可能な節電対策を検討していく必要があります。

空調設備の節電対策 – 最大効果を生む重点施策

電力消費の半分を占める空調設備の節電は、最も効果が高い取り組みです。医療環境に配慮しながら、運用改善と設備更新の両面からアプローチすることで、大きな成果が期待できます。

設定温度の適正化

環境省が推奨する空調の設定温度は、夏季が28℃、冬季が20℃です。設定温度をわずか1℃調整するだけで、約10%の省エネ効果が得られます。ただし、病院では一律の設定ではなく、エリア別の温度管理が重要です。病室や診察室では患者の快適性を優先し、事務エリアでは推奨温度に近づける工夫をします。手術室など特殊な医療環境では、医療基準を最優先に考えます。

外気導入量の最適化

多くの病院では、必要以上に外気を取り入れているケースがあります。外気導入量を必要最小限に調整することで、約2%の省エネ効果が期待できます。ただし、室内のCO2濃度をモニタリングしながら、空気質を適切に保つことが前提となります。

冷温水温度の見直し

空調システムの冷水出口温度を7℃から9℃に調整するだけで、使用電力を8%削減できるという報告があります。ターボ冷凍機を使用している病院では、この温度見直しが特に効果的です。わずかな温度差ですが、年間を通じて大きなコスト削減につながります。

運用改善による効率化

使用していないエリアの空調を停止するゾーニング管理や、夜間・休日の運転スケジュール見直しも重要です。また、複数の空調を同時に起動せず分散起動することで、ピーク電力を削減できます。日射遮蔽対策として、ブラインドやカーテンを活用したり、窓ガラスに日射調整フィルムを貼付したりすることで、空調負荷を軽減できます。

設備更新による抜本的改善

運用改善で限界がある場合は、設備更新を検討します。高効率空調機への更新により、2010年頃の設備と比較して20〜50%の省エネが可能になります。インバーター制御を導入したり、エナジーセーバーを既存の空調機器に設置したりすることで、最大40%の節電効果を得られた事例もあります。

定期的なメンテナンスも忘れてはいけません。フィルター清掃を定期的に実施し、室外機周辺を整理整頓し、冷媒配管の点検を行うことで、空調効率を維持できます。

照明設備の節電対策 – 確実な効果を生む取り組み

照明は病院の電力消費において空調に次ぐ大きな割合を占めています。長時間点灯が必要な病院では、照明の節電対策が確実な効果をもたらします。

LED照明への更新

最も効果的な対策がLED照明への全面更新です。LEDは白熱電球と比較して約85%の消費電力削減が可能で、蛍光灯と比べても大幅な省エネになります。さらに、LED照明は寿命が長く、交換頻度が低減されるため、ランニングコストも削減できます。発熱量が少ないため、空調負荷の軽減にもつながります。病院全体でLED化を実施した事例では、照明関連の電力を10〜15%削減し、年間電気代の大幅削減に成功しています。

照明の適正化と間引き

医療安全に配慮しながら、事務エリアでは照明の間引き点灯を実施することで、建物全体で4.3%の節電効果が得られます。また、トイレや廊下など一時的な利用場所には人感センサーを設置し、不要時の消灯を自動化します。窓際など自然光が入るエリアでは、昼間の照明を消すことも有効です。

自動制御システムの導入

照度センサーによる自動調光システムや、タイマー制御を導入することで、人為的なミスを防ぎながら確実に節電できます。エリア別に点灯スケジュールを管理し、必要な場所に必要な明るさを供給する仕組みを整えることが重要です。

その他の設備・機器の節電対策

空調と照明以外にも、様々な設備で節電の余地があります。

給湯設備では、温水器の使用時間帯を設定し、夜間など不要な時間帯の稼働を停止します。温水便座の温度を調整したり、タイマー設定を活用したりすることも効果的です。配管の断熱を強化することで、熱損失を防ぎます。

医療機器については、夜間や休日に停止可能な機器を洗い出し、運用ルールを見直します。待機電力を削減するため、使用しない機器の電源を切る習慣をつけます。洗浄・滅菌機器は、まとめて処理することで運転回数を削減し、効率化を図ります。

エレベーターや昇降機の台数制御を見直したり、待機時の照明・空調を管理したりすることも有効です。自動販売機は省エネタイプへ更新し、照明の消灯設定を活用します。

OA機器では、長時間未使用時に電源をオフにする、省電力モードを活用する、コピー機やプリンターの台数を適正化するなどの対策が考えられます。

組織的な取り組みで持続的な成果を

節電対策を成功させるには、個別の技術的対策だけでなく、組織的な取り組みが不可欠です。

まず、省エネ推進委員会を設置し、部門別の責任者を配置します。定期的に進捗確認会議を開催し、PDCAサイクルを回していきます。

BEMS(ビルエネルギー管理システム)を導入することで、エネルギー消費を見える化し、リアルタイムでデマンド管理ができるようになります。KPIを設定して定期的に評価し、前年度との比較により効果を測定します。

職員の意識向上も重要な要素です。省エネ教育を実施し、啓発ポスターを掲示することで、日常的な節電意識を高めます。改善提案制度を導入し、現場からのアイデアを吸い上げる仕組みを作ります。成功事例を共有することで、組織全体のモチベーションを維持します。

実践事例に学ぶ効果的なアプローチ

実際の病院での取り組み事例をご紹介します。

帯広徳洲会病院では、照明の間引きと不要灯の消灯、デマンド管理の徹底、冷房設定温度の緩和、換気ファンの運転見直しなど、複合的な対策を実施しています。

ある中規模病院では、LED照明への全面更新、高効率空調機の導入、BEMS導入による見える化を組み合わせた総合的な取り組みにより、年間電気代を15〜20%削減することに成功しました。

老朽化した空調設備を更新し、エナジーセーバーを設置した病院では、最大40%の節電効果を達成した事例もあります。

これらの事例に共通するのは、運用改善と設備投資を組み合わせた段階的なアプローチと、組織全体での取り組みという点です。

まとめ – 持続可能な病院経営に向けて

病院の節電対策を成功させるポイントは、以下の4点に集約されます。

第一に、すぐできる運用改善から始めることです。設定温度の見直しや不要箇所の消灯など、コストをかけずに実施できる対策から着手します。

第二に、段階的な設備投資を計画します。LED化から始めて、空調更新、BEMS導入へと進めることで、投資対効果を最大化できます。

第三に、医療の質は絶対に守るという原則を忘れないことです。患者の療養環境への配慮を最優先し、医療安全を損なう節電は行いません。

第四に、全職員の参加を促進します。組織全体で節電意識を共有し、一人ひとりが当事者意識を持って取り組むことが、持続的な成果につながります。

今後は、再生可能エネルギーの導入検討や蓄電システムの活用、スマート化による更なる効率化など、新しい技術を取り入れながら、持続可能な病院経営を実現していくことが求められます。節電対策は、病院の未来を切り拓く重要な経営戦略なのです。