病院のBCP義務化はいつから?対象施設・罰則・作成のポイントを総まとめ

2024年4月から、すべての病院・診療所・クリニックを対象にBCP(事業継続計画)の策定が完全義務化されました。この記事では、「いつから義務化されたのか?」「未策定の場合の罰則や診療報酬への影響は?」「具体的に何をすればいいのか?」といった疑問にすべてお答えします。結論として、BCPが未策定でも直接的な罰則はありませんが、診療報酬の減算という実質的なペナルティが存在するため、すべての医療機関で早急な対応が求められます。本記事を読めば、厚生労働省のガイドラインに沿ったBCPの作成ポイントから、活用できるひな形、補助金制度まで、BCP策定に必要な情報を網羅的に理解し、具体的なアクションプランを立てることができます。

病院のBCP策定は2024年4月から完全義務化

これまで努力義務とされてきた病院・クリニックなどの医療機関におけるBCP(事業継続計画)策定は、2024年4月1日から完全に義務化されました。これは、2021年度の介護報酬改定で介護サービス事業者に対してBCP策定が義務付けられ、その際に設けられた3年間の経過措置期間が2024年3月31日をもって終了したことに伴うものです。医療機関もこれに準ずる形で、すべての施設でBCPを策定し、緊急事態に備えることが必須となりました。

自然災害や感染症のパンデミックなど、予測困難な事態が発生しても、地域医療の根幹を担う病院がその機能を停止させるわけにはいきません。この完全義務化は、どのような状況下でも国民の命と健康を守るための医療提供体制を維持・継続するための重要な一歩と言えます。

3年間の経過措置期間が終了

病院におけるBCP策定の義務化は、突然始まったものではありません。2021年度の介護報酬改定を皮切りに、医療・介護分野全体で事業継続の重要性が強く認識され、段階的に準備が進められてきました。以下に、完全義務化に至るまでの経緯をまとめます。

時期関連する出来事内容
2021年度介護報酬改定すべての介護サービス事業者を対象に、BCPの策定、研修の実施、訓練(シミュレーション)の実施等が義務付けられました。ただし、準備期間として3年間の経過措置が設けられました。
2024年3月31日経過措置期間の終了介護サービス事業者に設けられていた3年間の経過措置期間が満了しました。
2024年4月1日完全義務化介護サービス事業者に加え、病院、診療所、クリニックを含むすべての医療機関においてもBCP策定が完全義務化され、未策定の場合は診療報酬の減算対象となる可能性があります。

このように、3年という十分な準備期間を経て、医療提供体制のレジリエンス(強靭性)を高めるための体制整備が本格的に求められる段階に入りました。

なぜ病院でBCPの義務化が求められるのか

では、なぜ今、これほどまでに病院におけるBCPの策定が重要視され、義務化に至ったのでしょうか。その背景には、近年の社会情勢や過去の教訓が大きく影響しています。

頻発・激甚化する自然災害への備え

地震、台風、豪雨、豪雪など、日本は世界でも有数の自然災害多発国です。近年では気候変動の影響により、災害はさらに頻発化・激甚化する傾向にあります。災害が発生すれば、停電や断水といったライフラインの途絶、建物や医療機器の損壊、医薬品・医療材料の供給停止、職員の出勤困難など、病院機能の維持を脅かす様々な事態が想定されます。地域住民の命を守る最後の砦である病院が、災害時においても医療提供を継続できる体制を平時から構築しておくことが、社会全体の喫緊の課題となっています。

新型コロナウイルス感染症の教訓

世界中を混乱に陥れた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、医療機関における事業継続の重要性を改めて浮き彫りにしました。院内クラスターの発生による診療機能の大幅な縮小、医療従事者の感染・離脱、防護具や医薬品の不足、通常医療と感染症対応の両立の困難さなど、多くの医療機関が未曾有の危機に直面しました。この経験から、新たな感染症のまん延時にも、必要な医療サービスを安定的・継続的に提供できる計画と準備が不可欠であるという認識が、国全体で共有されることになりました。

地域医療提供体制の維持という責務

病院は、地域医療ネットワークの中核を担う極めて重要な社会インフラです。もし一つの病院が機能不全に陥れば、その影響は当該病院の患者だけでなく、周辺の医療機関への患者集中や救急搬送の受け入れ困難といった形で、地域全体の医療提供体制に波及します。緊急時においても、他の医療機関や自治体、関連事業者と連携しながら、地域医療全体の崩壊を防ぎ、住民に必要な医療を届け続けるという社会的責務を果たすため、各病院がBCPを策定し、事業継続能力を高めることが求められているのです。

BCP義務化の対象となる病院・医療機関の範囲

2024年4月から完全義務化されたBCP(事業継続計画)の策定は、特定の規模や種類の医療機関に限定されるものではありません。原則として、患者や利用者の生命と健康を守るすべての医療機関、そして介護サービス事業者が対象となります。自院が対象外であると思い込まず、正確な対象範囲を把握することが極めて重要です。

すべての病院・診療所・クリニックが対象

医療分野におけるBCP策定の義務化は、医療法に基づいて運営されているすべての医療機関に適用されます。これには、大規模な総合病院から地域に密着した小規模なクリニックまで、幅広い施設が含まれます。

具体的には、病床数や常勤医師の人数、有床・無床といった施設の規模や形態に関わらず、すべての病院、診療所(クリニック)、歯科診療所、助産所が対象です。「うちは小さなクリニックだから関係ない」ということはなく、地域医療を担う一員として、災害やパンデミック時にも事業を継続するための計画を策定する責務があります。

対象となる医療機関の種別は以下の通りです。

根拠法令対象となる医療機関の種別備考
医療法病院病床数が20床以上の医療機関
医療法診療所(クリニック)無床または病床数が19床以下の医療機関。医科・歯科を問いません。
医療法歯科診療所いわゆる「歯医者さん」もすべて対象です。
医療法助産所入所施設を持つ、持たないに関わらず対象となります。

介護サービス事業者も同様に義務化

医療機関だけでなく、介護保険法に基づくすべての介護サービス事業者もBCP策定が義務化されています。こちらは医療機関に先行し、2021年度の介護報酬改定で決定され、3年間の経過措置期間を経て2024年4月1日から完全義務化となりました。

高齢化が進む現代において、医療と介護の連携は不可欠です。災害時などには、病院だけでなく介護施設においても利用者の安全確保とサービスの継続が求められるため、一体的にBCP策定が推進されています。特に、介護老人保健施設や介護医療院のように、医療提供を一体的に行う施設では、病院と同様の視点での計画策定が重要です。

対象となる介護サービスは多岐にわたり、施設系サービスから在宅サービスまで、ほぼすべての事業者が含まれます。

サービス分類対象となるサービスの具体例
施設・居住系サービス介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、介護老人保健施設、介護医療院、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)など
居宅サービス訪問介護、訪問看護、訪問リハビリテーション、通所介護(デイサービス)、短期入所生活介護(ショートステイ)、福祉用具貸与など
地域密着型サービス小規模多機能型居宅介護、定期巡回・随時対応型訪問介護看護、看護小規模多機能型居宅介護(複合型サービス)など

このように、BCP策定の義務は、日本の医療・介護提供体制を支える非常に広範な事業者に課せられています。自院・自施設がどの分類に該当するかを確認し、まだ未策定の場合は速やかに着手する必要があります。

病院がBCP未策定の場合の罰則はある?診療報酬への影響

2024年4月から完全義務化された病院のBCP(事業継続計画)ですが、「もし策定しなかった場合、何か罰則はあるのだろうか?」と疑問に思う方も多いでしょう。結論から言うと、現時点ではBCPが未策定であること自体を直接罰する法律や罰金規定はありません。しかし、実質的なペナルティと見なされる重大な影響が存在するため、すべての医療機関は策定を完了させる必要があります。ここでは、BCP未策定がもたらす具体的な影響、特に診療報酬への関わりについて詳しく解説します。

直接的な罰則規定はないが実質的なペナルティが存在

現行の法律では、病院や診療所がBCPを策定しなかったことに対して、直接的な罰金や業務停止命令といった行政罰が科されることはありません。しかし、これは「何もしなくても問題ない」という意味では決してありません。

BCPが未策定である場合、以下のような実質的なデメリットやリスク、つまり「ペナルティ」を負うことになります。

  • 行政からの指導: 医療法に基づく立ち入り検査(医療監視)などの際に、BCPの策定状況や運用状況が確認されます。未策定であったり、内容が不十分であったりする場合には、行政から改善指導を受ける可能性があります。
  • 社会的信用の失墜: 災害やパンデミック発生時に、適切な対応ができず診療機能が停止してしまえば、患者や地域住民からの信頼を大きく損なうことになります。これは長期的な経営において深刻なダメージとなり得ます。
  • 患者・職員の安全確保の困難: BCPは、緊急時における患者と職員の安全を守るための計画です。これがなければ、いざという時に混乱が生じ、人命に関わる事態を招くリスクが高まります。
  • 診療報酬上の不利益: これが最も直接的な経済的ペナルティと言えます。2024年度の診療報酬改定により、BCPの策定や研修の実施が特定の診療報酬の算定要件に含まれるようになりました。

このように、直接的な罰則がないからといってBCP策定を軽視することは、医療機関の運営そのものを危うくする可能性があるのです。

診療報酬改定による減算措置に注意

2024年度の診療報酬改定では、医療機関における事業継続力の強化が重要なテーマとなり、BCPの策定が複数の項目で施設基準に組み込まれました。これにより、BCP未策定の医療機関は、特定の加算が算定できなくなる、あるいは減算対象となる可能性があります。これは実質的な収入減に直結する、極めて重要なペナルティです。

特に注意すべきなのは、BCPをただ作成するだけでなく、全職員を対象とした研修や訓練(シミュレーション)を定期的に実施することも要件とされている点です。計画が形骸化しないよう、実効性のある取り組みが求められています。

以下に、BCP策定が要件として含まれる主な診療報酬項目をまとめました。

対象となる主な診療報酬項目BCPに関する主な要件未対応の場合の影響
感染対策向上加算感染症の発生・まん延等に備えたBCPを策定していること。また、他の医療機関との連携や、地域の協議会に積極的に参加することが求められる。加算の算定が不可となる。
外来感染対策向上加算新興感染症の発生時等に、都道府県等の要請を受けて発熱患者の診療等を実施する体制を有し、そのことを念頭に置いたBCPを策定していること。加算の算定が不可となる。
在宅療養支援病院・在宅療養支援診療所災害や新興感染症の発生時等において、地域の医療機関や自治体と連携しつつ、在宅医療を継続するためのBCPを策定し、研修・訓練を年1回以上実施していること。施設基準を満たせず、届出ができない、または取り消される可能性がある。
入院基本料等における「協力対象施設入所者入院加算」など介護施設等との連携において、災害時や感染症発生時における協力体制を構築し、それを踏まえたBCPを策定していることが望ましいとされる。直接的な減算はないが、今後の改定で要件化される可能性がある。地域連携において重要な要素となる。

これらの加算を算定している医療機関にとって、BCPの未策定・未運用は直接的な減収につながります。また、現時点で対象の加算を算定していない場合でも、今後の診療報酬改定でBCPに関する要件はさらに拡大していくことが予想されます。地域医療を支える責務を果たすため、そして安定した病院経営を継続するためにも、診療報酬の動向に関わらず、すべての医療機関で実効性のあるBCPを策定・運用していくことが不可欠です。

そもそも病院におけるBCPとは 目的と構成要素を解説

2024年4月から完全義務化された病院のBCP(事業継続計画)ですが、その目的や内容について正確に理解しておくことが、実効性のある計画を策定する第一歩となります。単なる防災マニュアルとは異なる、BCPの基本的な考え方から見ていきましょう。

BCP(事業継続計画)の基本的な考え方

BCPとは、Business Continuity Planの略称で、日本語では「事業継続計画」と訳されます。これは、自然災害、感染症のパンデミック、大規模なシステム障害、テロといった予期せぬ緊急事態が発生した際に、損害を最小限に抑えつつ、中核となる事業を継続、または可能な限り短い時間で復旧させるための具体的な方針や手順を定めた計画のことです。

従来の防災計画が、主に人命の安全確保や物的被害の軽減といった「被害の抑制」に主眼を置いているのに対し、BCPは事業を「止めない」「早期に復旧させる」という視点が加わっている点が大きな違いです。病院におけるBCPの最大の目的は、いかなる状況下でも患者の生命と安全を守り、地域に不可欠な医療提供体制を維持し続けることにあります。

このBCPを策定(Plan)し、日常的に訓練や見直し(Do, Check, Act)を行う一連のマネジメント活動全体をBCM(事業継続マネジメント)と呼び、計画を形骸化させないための継続的な取り組みが求められます。

想定される緊急事態 自然災害や感染症の拡大

病院のBCPを策定するにあたり、自院が立地する地域の特性や事業内容を踏まえ、どのようなリスクが事業継続を脅かす可能性があるのかを具体的に洗い出す必要があります。病院機能に重大な影響を及ぼす緊急事態としては、主に以下のようなものが挙げられます。

  • 自然災害
    • 地震(首都直下地震、南海トラフ巨大地震など)
    • 風水害(台風、線状降水帯による豪雨、河川の氾濫、高潮)
    • 火山噴火(降灰による交通・インフラ麻痺)
    • 豪雪による交通網の遮断
  • 感染症のまん延
    • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のような新興感染症のパンデミック
    • 新型インフルエンザの流行
    • 院内での大規模なアウトブレイク
  • インフラ・ライフラインの障害
    • 大規模停電、断水、ガス供給停止
    • 通信障害(インターネット、電話回線の不通)
  • その他のインシデント
    • サイバー攻撃(ランサムウェアによる電子カルテシステムの停止など)
    • サプライチェーンの途絶(医薬品、医療機器、衛生材料、食料などの供給停止)
    • 近隣での大規模火災や化学物質漏洩事故

これらの事態が発生すると、職員が出勤できない、医療機器が使用不能になる、患者が殺到する、情報システムがダウンするなど、様々な形で病院運営に支障が生じます。BCPでは、こうした複数のリスクを想定し、複合的に発生することも視野に入れて対策を講じることが重要です。

BCPに盛り込むべき主要な項目

実効性の高いBCPを策定するためには、盛り込むべき項目を網羅することが不可欠です。厚生労働省が示すガイドラインなどを参考に、自院の状況に合わせて具体化していく必要があります。一般的に、病院のBCPには以下の主要な項目が含まれます。

大項目主な内容具体例
1. 総論基本方針、目的、適用範囲・計画の目的(患者の生命維持、地域医療への貢献など)
・対象とする災害・事象の想定
・全職員への周知方法
2. BCP発動体制指揮命令系統、情報共有・災害対策本部の設置基準、場所、構成メンバー
・各部門・部署の役割分担(トリアージ班、情報班など)
・職員の安否確認方法と参集基準
3. 業務継続性の分析優先業務の特定(BIA)救急外来、緊急手術、透析、重症患者管理など、中断が生命に直結する業務の洗い出し
・各業務の目標復旧時間(RTO)と目標復旧レベル(RLO)の設定
4. 資源の確保と配分ヒト・モノ・カネ・情報の維持ヒト:代替職員の確保計画、職員のメンタルヘルスケア
モノ:医薬品、医療材料、水、食料、燃料等の備蓄リストと管理方法
カネ:緊急時の運転資金確保
情報:電子カルテのバックアップ、代替通信手段(衛星電話、MCA無線)の確保
5. 具体的な対応計画フェーズごとの行動計画・発災直後の初動対応(情報収集、被害確認)
・優先業務の継続・実施手順
・他医療機関や行政との連携体制(受援・応援計画)
・復旧に向けた手順
6. 教育・訓練計画の浸透と形骸化防止・全職員を対象としたBCP研修の実施計画
・机上訓練、実地訓練などの定期的な訓練スケジュールの策定
7. BCPの見直し継続的な改善(PDCA)・訓練結果や実際の災害対応の教訓を反映させるための見直しプロセスの規定
・定期的な見直し時期(例:年1回)の設定

特に重要なのが「3. 業務継続性の分析」で実施するBIA(Business Impact Analysis:事業影響度分析)です。限られたリソースの中でどの医療機能を優先して維持すべきかを事前に明確にしておくことが、混乱時の的確な意思決定につながります。

病院のBCP作成を成功させる5つのポイント

2024年4月から完全義務化された病院のBCP(事業継続計画)策定。しかし、ただ作成するだけでは緊急時に機能しません。ここでは、実効性の高いBCPを作成し、有事の際にも医療提供を継続するための重要な5つのポイントを、具体的な手順とともに詳しく解説します。

ポイント1 厚生労働省のガイドラインとひな形を活用する

BCPをゼロから作成するのは大変な労力を要しますが、幸いにも厚生労働省が医療機関向けの優れた手引きを用意しています。まずはこれらの公式資料を最大限に活用することが、効率的かつ質の高いBCP策定への第一歩となります。

厚生労働省は「医療施設等における事業継続計画(BCP)の策定について」という通知とともに、具体的な作成方法を示したガイドラインや、そのまま使えるひな形(テンプレート)を公開しています。これには、自然災害編と新型コロナウイルス感染症編があり、それぞれの事態に応じた計画策定が可能です。

これらのひな形をベースにすることで、BCPに盛り込むべき必須項目を網羅し、策定にかかる時間と手間を大幅に削減できます。しかし、注意すべきは、ひな形はあくまで一般的なモデルであるという点です。自院の規模、立地条件(津波や土砂災害のリスクなど)、診療科の特色、周辺の医療機関との連携体制などを考慮し、内容を具体的にカスタマイズしていく作業が不可欠です。ひな形を参考にしつつも、自院の実情に合わせたオリジナルのBCPを目指しましょう。

ポイント2 優先して継続すべき業務を明確にする

災害やパンデミックなどの緊急事態では、人的・物的資源(リソース)が著しく制限されます。そのような状況下で、平時と同じようにすべての医療業務を継続することは不可能です。そこで重要になるのが、「どの業務を優先して守るのか」を事前に明確にしておくことです。これを「重要業務の選定」と呼びます。

まずは、自院が提供しているすべての業務を洗い出すことから始めます。診療、看護、薬剤、検査、放射線、リハビリ、栄養管理、事務といった各部門の業務をリストアップしましょう。その上で、以下の基準で優先順位を決定します。

  • 人命に直接関わる業務(例:救急外来、緊急手術、人工透析)
  • 停止した場合、患者の生命や健康に重大な影響を及ぼす業務(例:重症患者の管理、分娩)
  • 他の医療機関では代替が困難な専門性の高い業務
  • 医療提供体制の復旧に不可欠な業務(例:情報システムの維持、医薬品の供給管理)

優先順位をつけたら、それぞれの業務について「いつまでに復旧させるか」という目標復旧時間(RTO: Recovery Time Objective)を設定します。これにより、限られたリソースをどこに集中投下すべきかが明確になります。

業務内容優先度目標復旧時間(RTO)選定理由
救急患者の受け入れ最優先即時人命に直結し、地域医療の根幹をなすため。
緊急手術・分娩最優先3時間以内遅延が生命の危機や重篤な後遺症に繋がるため。
人工透析治療24時間以内代替手段がなく、中断は生命維持に直接影響するため。
入院患者へのケア継続入院中の患者の安全確保と治療継続が必須なため。
予約外来(慢性疾患)72時間以降緊急性は低いが、長期中断は患者の健康状態を悪化させるため。
健康診断・人間ドック1週間以降緊急性がなく、延期が可能であるため。

ポイント3 具体的な行動計画を策定する

優先業務が決定したら、次はそれをいかにして継続・復旧させるかの具体的な行動計画(アクションプラン)に落とし込みます。計画が曖昧では、いざという時に職員が混乱し、迅速な対応ができません。「誰が」「いつ」「どこで」「何を」「どのように」行うのかを、時系列に沿って具体的に記述することが重要です。

行動計画には、以下のような項目を必ず盛り込みましょう。

  • 緊急時の指揮命令系統: 災害対策本部の設置場所、責任者(本部長)、各部門のリーダーを明確にします。責任者が不在の場合の代理順位も定めておく必要があります。
  • 職員の安否確認と参集基準: 発災後、どの手段(電話、メール、安否確認システムなど)で、誰が職員の安否を確認するのかを定めます。また、どのような状況になったら出勤すべきか、あるいは自宅待機すべきかの基準も明確化します。
  • 情報伝達・共有の方法: 院内、関係機関(自治体、消防、他の医療機関など)、患者やその家族、地域住民といった対象者別に、情報伝達の手段と内容を整理します。
  • ライフライン・インフラの代替策: 停電時の非常用電源(自家発電機)の稼働手順や燃料備蓄量、断水時の給水車手配や井戸水の活用、通信障害時の衛星電話や無線機の使用方法などを具体的に定めます。
  • サプライチェーンの確保: 医薬品、医療材料、衛生用品、食料などの備蓄目標量を定め、在庫管理方法を明確にします。また、主要な取引先が被災した場合に備え、複数の代替調達先をリストアップしておくことも事業継続の鍵となります。

ポイント4 定期的な研修と訓練を実施する

BCPは、策定して書棚に保管しておくだけでは何の意味もありません。全職員がその内容を理解し、いざという時に計画に沿って行動できて初めて価値を持ちます。そのためには、定期的かつ実践的な研修と訓練が不可欠です。

研修では、BCPの目的や全体像、各職員に割り当てられた役割と責任について周知徹底を図ります。新入職員へのオリエンテーションに組み込むことも有効です。

訓練は、計画の実効性を検証し、課題を洗い出すための絶好の機会です。段階的にレベルを上げて実施するとよいでしょう。

  1. 机上訓練(ウォークスルー): 災害発生などのシナリオを提示し、参加者がBCPを見ながら「自分ならどう行動するか」「次に何をすべきか」を声に出して確認し、議論する形式の訓練です。手軽に実施でき、計画の矛盾点や理解不足を発見しやすいメリットがあります。
  2. 実地訓練(ドリル): 安否確認システムの入力、情報伝達、トリアージ、避難誘導など、個別の手順に絞って実際に体を動かして行う訓練です。
  3. 総合訓練: 災害対策本部の立ち上げから、各部門の連携、外部機関との協力まで、一連の流れを総合的に行う大規模な訓練です。地域の消防署や自治体と合同で実施することで、より実践的な連携体制を構築できます。

重要なのは、訓練を「やって終わり」にしないことです。訓練後に必ず振り返りを行い、見つかった課題や問題点をリストアップし、BCPの改善に繋げるサイクルを確立しましょう。

ポイント5 BCPは定期的に見直し改善する

BCPは一度作ったら完成というものではなく、継続的に見直し、改善していく「生き物」です。医療を取り巻く環境は常に変化しており、その変化に対応できなければ、BCPはすぐに形骸化してしまいます。

具体的には、以下のタイミングでBCPの見直しを行うことが推奨されます。

  • 定期的見直し(年1回など): 計画全体に古くなった情報がないか、現状と乖離している部分はないかを確認します。連絡先リストの更新などもこの時に行います。
  • 随時見直し:
    • 研修や訓練で課題が見つかった時
    • 院内の組織体制、人員、設備、診療機能などに変更があった時
    • 新たな感染症の出現など、想定すべきリスクに変化があった時
    • 他の災害事例から新たな教訓が得られた時
    • 関連する法律やガイドラインが改定された時

この見直しと改善のプロセスは、まさにPDCAサイクル(Plan-Do-Check-Action)そのものです。「計画(Plan)→訓練(Do)→評価(Check)→改善(Action)」というサイクルを回し続けることで、BCPは常に最新かつ実効性の高い状態に保たれ、あらゆる緊急事態に的確に対応できる強靭な病院組織を構築することに繋がります。

病院のBCP策定で活用できる補助金制度

BCP(事業継続計画)の策定や実効性を高めるための設備投資には、安否確認システムの導入、非常用電源の確保、備蓄品の購入など、相応のコストが発生します。しかし、こうした経済的な負担を軽減するため、国や地方自治体は様々な補助金・助成金制度を用意しています。これらを活用することで、より質の高いBCPを構築することが可能です。ここでは、病院やクリニックがBCP策定・強化のために活用できる主要な補助金制度をご紹介します。

国の主要な補助金・支援制度

国が主体となって実施している制度は、補助額も大きく、多くの医療機関にとって重要な選択肢となります。代表的なものをいくつか見ていきましょう。

医療施設等施設・設備整備費補助金

厚生労働省が管轄するこの補助金は、災害時においても医療提供体制を維持することを目的としています。BCPの実効性を担保するためのハード面の整備に直接活用できるため、非常に重要です。特に、停電や断水といったライフラインの途絶に備える設備投資が主な対象となります。

対象となる事業の例は以下の通りです。

  • 自家発電設備の整備(燃料タンクの増設を含む)
  • 給水設備の整備(井戸の掘削や貯水槽の設置)
  • 医療ガス設備の整備
  • 耐震化工事
  • 災害時用の情報通信機器の整備

補助率や上限額は事業内容や年度によって異なりますが、対象経費の1/2などが一般的です。申請窓口は都道府県となるため、まずは管轄の自治体担当部署に相談することから始めましょう。

IT導入補助金

経済産業省が推進するIT導入補助金は、中小企業や小規模事業者の業務効率化や生産性向上を目的とした制度ですが、多くの病院・クリニックも対象となります。BCP策定においては、災害時の情報伝達や職員間の連携をスムーズにするITツールの導入に活用できます。

BCP強化に繋がるITツールの例としては、以下のようなものが考えられます。

  • 職員の安否確認システム
  • 情報共有ツール(ビジネスチャット、グループウェアなど)
  • クラウド型の電子カルテや勤怠管理システム
  • サイバーセキュリティ対策ソフト

災害発生時に迅速かつ正確な情報共有を実現することは、事業継続の要です。これらのツール導入にかかる費用の一部が補助されるため、積極的に活用を検討する価値があります。

事業継続力強化計画(認定制度)

これは直接的な補助金ではありませんが、BCP策定と合わせて取り組むことで大きなメリットが得られる制度です。中小企業が策定した防災・減災対策に関する計画を経済産業大臣が認定するもので、認定を受けると様々な金融支援や税制優遇が受けられます。

支援措置の種類内容の概要
金融支援日本政策金融公庫による低利融資、信用保証協会による保証枠の拡大など
税制措置計画に基づき取得した一定の防災・減災設備に対する特別償却(20%)
補助金の優先採択ものづくり補助金など、一部の補助金審査において加点措置が受けられる

BCPを策定するだけでなく、この認定を取得することで、防災設備の導入コストを税制面で抑えたり、将来的な設備投資のための資金調達をしやすくなったりと、経営基盤そのものを強化することに繋がります。

地方自治体独自の補助金・助成金

国だけでなく、都道府県や市区町村が独自にBCP関連の補助金・助成金制度を設けているケースも少なくありません。これらの制度は、国の制度と併用できる場合もあり、必ず確認しておきたい支援策です。

自治体によって制度の有無や内容は異なりますが、一般的に以下のような支援が見られます。

  • BCP策定コンサルティング費用の助成
  • 防災備蓄品(食料、水、簡易トイレなど)の購入費用補助
  • 簡易的な自家発電装置やポータブル電源の導入補助
  • 家具転倒防止器具の設置費用補助

これらの情報は、自院が所在する自治体のホームページで公開されていることがほとんどです。「(自治体名) BCP 補助金」や「(自治体名) 事業継続計画 助成金」といったキーワードで検索し、活用できる制度がないか定期的にチェックすることをおすすめします。公募期間が限られている場合が多いため、情報収集は早めに行いましょう。

まとめ

本記事では、病院におけるBCPの義務化について、開始時期や対象施設、罰則の有無、作成のポイントを解説しました。2024年4月から3年間の経過措置期間が終了し、すべての病院・診療所・クリニックでBCPの策定が完全義務化されています。

BCPが義務化された背景には、自然災害や感染症のパンデミックといった緊急事態においても、地域に不可欠な医療提供体制を維持するという重要な目的があります。そのため、BCPを策定していない場合、直接的な罰則規定はないものの、診療報酬の減算という実質的なペナルティが科される可能性があります。

これからBCPを策定する、あるいは見直しを行う医療機関は、厚生労働省が提供するガイドラインやひな形を積極的に活用しましょう。その上で、優先すべき業務を明確にし、具体的な行動計画を立て、全職員を対象とした定期的な研修や訓練を実施することが重要です。また、BCPは一度作成して終わりではなく、状況の変化に合わせて継続的に見直しと改善を重ねていく必要があります。

BCPの策定は、単なる義務を果たすだけでなく、患者と職員の安全を確保し、地域社会における医療機関としての信頼性を高めるための重要な取り組みです。まだ対応が済んでいない場合は、速やかに着手することをおすすめします。