BCP対策の非常用発電「72時間」基準とは?消防法・補助金を専門家がやさしく解説

BCP対策で重要視される非常用発電機の「72時間」基準。これは法律上の義務ではないものの、災害発生後のインフラ復旧を見据えた事業継続の生命線です。本記事では、なぜ72時間なのか、その根拠を消防法や国の計画から解き明かします。さらに、72時間稼働を実現するための燃料確保やメンテナンス方法、導入時に活用できる補助金制度まで、専門家が網羅的に解説。企業の防災力を高めるための具体的な知識が全てわかります。

なぜ今BCP対策で非常用発電機の72時間稼働が重要なのか

近年の日本では、地震や台風、集中豪雨といった自然災害が激甚化・頻発化しており、企業の事業継続を脅かすリスクはかつてないほど高まっています。特に、災害時に発生する大規模かつ長期間の停電は、あらゆる事業活動の根幹を揺るがす深刻な問題です。このような状況下で、事業を守り、従業員の安全を確保するためのBCP(事業継続計画)対策として、非常用発電機の重要性が見直されています。そして、そのキーワードとなるのが「72時間」という時間です。なぜ今、72時間の連続稼働が企業の存続を左右するほど重要視されているのでしょうか。本章では、その背景と理由を深く掘り下げて解説します。

災害大国日本における電源確保の現実

四方を海に囲まれ、複数のプレートがせめぎ合う日本列島は、世界でも有数の災害大国です。私たちは常に地震、津波、台風、火山噴火などの自然災害と隣り合わせで生活しており、企業活動もその例外ではありません。ひとたび大規模な災害が発生すれば、電力網は深刻なダメージを受け、広範囲にわたる停電、いわゆる「ブラックアウト」を引き起こす可能性があります。

例えば、2018年の北海道胆振東部地震では、道内全域が停電するブラックアウトが発生し、電力の全面復旧までには約45時間を要しました。また、2019年の令和元年房総半島台風(台風15号)では、千葉県を中心に最大約93万戸が停電し、完全復旧までには2週間以上かかった地域もあります。これらの事例は、災害による停電が、もはや「万が一」の想定外ではなく、事業計画に織り込むべき「いつ起きてもおかしくない」経営リスクであることを明確に示しています。

電力がなければ、生産ラインは停止し、情報システムはダウン、通信手段も断たれ、顧客対応すらままなりません。サプライチェーンの寸断や企業信用の失墜といった二次被害も深刻です。こうした壊滅的な事態を避けるため、自社で電力を確保する手段、すなわち非常用発電機の備えが不可欠なのです。

災害名発生年最大停電戸数主な特徴
東日本大震災2011年約899万戸地震と津波による複合災害で、電力インフラに甚大な被害。
熊本地震2016年約47万戸立て続けに発生した震度7の揺れにより、広範囲で停電が発生。
北海道胆振東部地震2018年約295万戸国内初のブラックアウト(全域停電)が発生し、社会経済活動が麻痺。
令和元年房総半島台風2019年約93万戸倒木による電柱・電線の損傷が多発し、復旧が長期化。

インフラ復旧の目安「72時間の壁」とは

災害対策を語る上で頻繁に登場する「72時間の壁」という言葉をご存知でしょうか。これは、災害発生から72時間(3日間)が、人命救助における生存率を大きく左右するタイムリミットであると同時に、道路啓開や情報収集が進み、自衛隊や消防、警察などによる公的な支援体制が本格的に機能し始めるまでの目安の時間とされています。

言い換えれば、発災後の最初の72時間は、行政による「公助」を十分に期待することは難しく、私たち一人ひとりが自らの力で生き抜く「自助」と、地域で助け合う「共助」が中心となります。これを企業活動に置き換えると、災害発生から最低72時間は、外部からの電力供給や燃料輸送が途絶えた状態でも、自社のリソースだけで事業の最重要機能を維持し、従業員や顧客の安全を守り抜く必要があることを意味します。

この「72時間の壁」を乗り越えられるかどうかは、その後の事業復旧のスピードと成否を決定づける重要な分岐点となります。72時間、最低限の電力を確保し、情報収集、安否確認、事業継続の初動対応を行うことができれば、混乱が収束した後の復旧プロセスをスムーズに進めることが可能です。逆に、この期間に何もできなければ、事業の再開は大幅に遅れ、最悪の場合、市場からの撤退を余儀なくされる可能性すらあります。BCP対策における非常用発電機の72時間稼働は、この「空白の72時間」を乗り切り、事業の未来を繋ぐための生命線なのです。

非常用発電における「72時間」基準の根拠

BCP対策を検討する上で頻繁に耳にする「72時間」というキーワード。なぜ多くの非常用発電機で、この72時間という稼働時間が一つの基準とされているのでしょうか。この時間は単なる目安ではなく、企業の事業継続、人命救助、そして国の防災戦略という、複数の重要な観点から導き出された数字です。ここでは、その具体的な根拠を3つの側面から詳しく解説します。

BCP(事業継続計画)で求められる電源確保の時間

BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)とは、自然災害やテロ、システム障害といった予期せぬ事態が発生した際に、企業が受ける損害を最小限に抑え、中核となる事業を継続または早期に復旧させるための方針や手順をまとめた計画のことです。

現代の事業活動は、電力供給がなければ成り立ちません。生産設備や情報システム、通信網、照明、空調など、あらゆるものが電気で動いています。大規模災害によって電力会社の供給が停止した場合、自前で電源を確保できなければ、事業は完全にストップしてしまいます。特に、電力、ガス、水道といったライフラインの本格的な復旧には3日(72時間)以上を要することが、過去の多くの災害で明らかになっています。

この電力供給が途絶える「空白の72時間」をいかに乗り切るかが、事業継続の成否を分けると言っても過言ではありません。この期間に最低限の業務を継続できれば、サプライチェーンへの影響を抑制し、顧客からの信頼を維持することが可能になります。データセンターや金融機関、大規模工場、医療機関など、社会インフラとしての役割を担う施設においては、72時間以上の電源確保は事業継続における必須要件となりつつあります。

人命救助のタイムリミットとしての72時間

災害発生後の「72時間」は、人命救助における極めて重要なタイムリミットであり、しばしば「72時間の壁」と呼ばれます。これは、阪神・淡路大震災などの過去の災害データから、災害発生から72時間を超えると、がれきの下などに閉じ込められた人の生存率が著しく低下することが統計的に示されているためです。

この人命救助が最優先されるべき72時間において、非常用発電機は直接的・間接的に多くの命を救う役割を果たします。

  • 医療機関:生命維持装置や手術室の設備、人工呼吸器などを稼働させ、患者の命を直接守ります。
  • 避難所(指定公共施設):夜間の照明を確保し、安全な環境を提供します。また、スマートフォンやラジオの充電場所を提供し、情報収集や安否確認を助けます。夏や冬には冷暖房を稼働させ、避難者の体調維持に貢献します。
  • インフラ施設:通信基地局やデータセンターの電源を維持し、社会全体の情報伝達網を守ります。

このように、非常用発電機による72時間の電源確保は、単に自社の事業を守るだけでなく、従業員やその家族、そして地域住民の安全と命を守るという、企業の社会的責任(CSR)を果たす上でも不可欠な要素なのです。

国の防災基本計画や国土強靭化計画との関連性

「72時間」という基準は、個々の企業や団体の判断だけでなく、国が定める防災の基本方針にも深く関連しています。日本の防災対策の根幹をなす「防災基本計画」や「国土強靭化計画」において、この時間が重要な意味を持っています。

防災の世界では、災害対応を「自助」「共助」「公助」の3つに分類します。「自助」は自らの命は自らが守ること、「共助」は地域やコミュニティで助け合うこと、「公助」は行政による救助や支援活動を指します。大規模災害の発生直後は、公助(消防、警察、自衛隊など)のリソースが人命救助に集中するため、全ての被災地域にすぐ手が回るとは限りません。そのため、発災から72時間は、まず「自助」と「共助」で乗り切ることが大原則とされています。

国の主要な計画における位置づけは以下の通りです。

計画名概要と72時間基準との関連性
防災基本計画
(内閣府)
日本の防災対策の最上位に位置するマスタープラン。この計画の中で、大規模災害発生後の72時間は人命救助活動が最優先されるとし、国民一人ひとりや企業に対して、最低3日分の水や食料の備蓄をはじめとする「自助」の取り組みを強く推奨しています。企業の非常用電源確保は、この「自助」の重要な一環と位置づけられています。
国土強靭化計画
(内閣官房)
大規模自然災害などから国民の生命と財産を守り、社会の重要な機能を維持するための国家計画。「致命的な被害を負わない強さ」と「速やかに回復するしなやかさ(レジリエンス)」の構築を目指します。この中で、電力などの重要インフラの機能維持は最重要課題の一つであり、企業や重要施設が非常用電源によって72時間を自力で稼働し続けることは、社会全体のレジリエンス向上に直結する施策として推進されています。

このように、非常用発電機による72時間の電源確保は、国の防災戦略とも合致しており、社会全体で大規模災害を乗り越えるための重要なピースなのです。こうした国の後押しがあるからこそ、後述する補助金制度なども整備されています。

非常用発電機に関わる法律を理解する 消防法と建築基準法

BCP対策として注目される非常用発電機ですが、その設置や維持管理は企業の任意だけでなく、法律によって定められている場合があります。特に重要なのが「消防法」と「建築基準法」です。これらの法律は、火災などの災害時に人命を守ることを目的としており、特定の建物に対して非常用電源の設置を義務付けています。ここでは、それぞれの法律がどのように関わってくるのか、そしてBCPで目標とされる「72時間稼働」が法的な義務なのかを詳しく解説します。

消防法で定められた非常電源の設置基準と点検義務

消防法は、火災の予防・警戒・鎮圧によって国民の生命、身体、財産を火災から保護することを目的とした法律です。この法律に基づき、一定規模以上の建物や不特定多数の人が利用する施設には、消防用設備等(スプリンクラー設備、屋内消火栓設備、自動火災報知設備、排煙設備など)の設置が義務付けられています。そして、これらの設備が停電時にも確実に作動するよう、電力を供給する「非常電源」として非常用発電機の設置が求められます。

設置基準は建物の用途や延べ面積によって細かく定められており、消防用設備を有効に作動させるための容量と、規定された時間(例:30分〜60分)の連続運転能力が必要となります。また、設置するだけでなく、いざという時に確実に機能するよう、定期的な点検と消防署への報告が義務付けられています。

防災用と一般非常用の違い

非常用発電機は、その目的によって「防災用」と「一般非常用(保安用)」に大別されます。この違いを理解することは、自社に必要な発電機を正しく選択する上で非常に重要です。

「防災用発電機」は、前述の通り消防法に基づき、スプリンクラーや消火栓ポンプといった消防用設備へ電力を供給するためのものです。人命救助を最優先の目的とし、法律で設置が義務付けられています。一方、「一般非常用発電機」は、生産設備やサーバー、空調、照明など、事業継続に必要な設備へ電力を供給するもので、BCP対策の一環として企業が任意で設置します。BCPで語られる72時間稼働は、主にこちらの一般非常用発電機を対象としています。

両者の違いを以下の表にまとめました。

項目防災用発電機一般非常用(保安用)発電機
主な目的人命の安全確保(消防用設備への電力供給)事業継続(生産設備、情報通信機器などへの電力供給)
根拠法令消防法、建築基準法特になし(企業のBCP、任意での設置)
設置義務あり(建物の用途・規模による)なし
主な供給対象スプリンクラー、消火栓ポンプ、排煙設備、非常用エレベーターなど生産ライン、サーバー、データセンター、オフィス照明・空調など
求められる運転時間法令で定められた時間(例:30分~60分)BCPで目標とする時間(例:24時間、72時間)

消防法における点検内容 負荷運転と内部観察等

消防法では、設置した非常用発電機が災害時に確実に性能を発揮できるよう、定期的な点検を義務付けています。点検は、半年に1回行う「機器点検」と、1年に1回行う「総合点検」の2種類があります。

特に重要なのが総合点検で実施される性能確認です。これには主に「負荷運転」または「内部観察等」のいずれかの方法が用いられます。

  • 負荷運転
    発電機に定格出力の30%以上の負荷をかけ、実際に運転させることで性能を確認する試験です。ディーゼル発電機の場合、軽微な負荷での運転や長期間の待機状態が続くと、エンジン内部にカーボン(未燃焼燃料)が堆積し、性能低下や故障の原因となります。負荷運転は、このカーボンを除去し、エンジンを健全な状態に保つクリーニング効果も兼ねています。
  • 内部観察等
    負荷運転に代わる点検方法として認められています。専用の機材(内視鏡など)を用いて、発電機のエンジン内部(シリンダーや燃料噴射弁など)の状態を直接確認します。加えて、冷却水や潤滑油の成分分析なども行い、総合的に性能を評価します。負荷運転の実施が難しい環境(騒音や排煙の問題がある場所など)で選択されることがあります。

どちらの点検方法を選択するかは、設置環境や発電機の状態に応じて専門業者と相談して決定することが重要です。これらの法定点検を怠ると、罰則の対象となるだけでなく、何よりも災害時に発電機が作動しないという最悪の事態を招きかねません。

建築基準法で定められた非常用照明の電源確保

消防法と並び、非常用発電機に関わるもう一つの重要な法律が建築基準法です。建築基準法では、火災や地震などの災害による停電時でも、建物内にいる人々が安全に避難できるよう、「非常用の照明装置」の設置を義務付けています。

この非常用照明は、居室や廊下、階段などの避難経路を照らすためのもので、停電発生時に自動で点灯し、一定時間(通常30分以上)床面で1ルクス以上(蛍光灯などは2ルクス以上)の照度を確保する必要があります。この電源として、蓄電池(バッテリー)を内蔵した照明器具が一般的ですが、大規模な施設では非常用発電機から電力を供給する方式も採用されています。

消防法が「消火活動」を主目的とするのに対し、建築基準法は「安全な避難」を主目的としており、それぞれの観点から電源確保を求めている点が異なります。両方の法律の対象となる建物では、それぞれの基準を満たす必要があります。

72時間稼働は法律上の義務なのか

ここまで解説してきたように、消防法や建築基準法では非常用電源の設置と点検が義務付けられています。では、本記事のテーマである「72時間」の連続稼働は、法律上の義務なのでしょうか。

結論から言うと、現在の消防法や建築基準法において、非常用発電機の「72時間連続稼働」を一律に義務付ける規定はありません。法律で定められている運転時間は、あくまで消火活動や避難に必要な最低限の時間(多くは30分~60分程度)です。

「72時間」という基準は、法律上の「義務」ではなく、災害発生後のインフラ復旧の目安とされる「72時間の壁」を乗り越え、事業を継続するためのBCP(事業継続計画)における「目標」です。つまり、法律が定めるのは人命を守るための最低ラインであり、72時間稼働は事業を守り、社会的な供給責任を果たすための、より高いレベルの備えと言えます。法規制を遵守することは大前提とし、その上で自社の事業にとって何時間の電源確保が必要かを検討し、72時間という目標を設定することが、現代のBCP対策では極めて重要になっているのです。

非常用発電機を72時間連続稼働させるための具体的な方法

BCP対策の要となる非常用発電機の72時間連続稼働は、単に高性能な発電機を導入するだけでは実現できません。災害時に確実に機能させるためには、「燃料」「メンテナンス」「供給体制」という3つの要素を計画的に準備しておく必要があります。ここでは、72時間稼働を実現するための具体的な方法を、専門家の視点から詳しく解説します。

最も重要な課題 燃料の確保と備蓄

非常用発電機が長時間稼働できるかどうかは、ひとえに燃料の確保にかかっています。発電機本体が万全でも、燃料がなければただの鉄の塊にすぎません。ここでは、72時間稼働の生命線である燃料の備蓄と管理について掘り下げていきます。

72時間稼働に必要な燃料量の計算方法

自社に必要な燃料量を把握することが、備蓄計画の第一歩です。必要な燃料量は、以下の計算式で概算することができます。

必要燃料量(L) = 発電機出力(kW) × 負荷率(%) × 燃料消費率(L/kWh) × 運転時間(h)

各項目の意味は次の通りです。

  • 発電機出力(kW): 発電機の定格出力。kVAで表記されている場合は、力率(通常0.8)を掛けてkWに換算します。(例: 100kVA × 0.8 = 80kW)
  • 負荷率(%): 発電機の定格出力に対して、実際にどれくらいの電力を使用するかの割合。BCPで最低限動かす設備から算出しますが、不明な場合は一般的に50%~70%程度で計算します。
  • 燃料消費率(L/kWh): 1kWの電力を1時間発電するために必要な燃料の量。発電機の機種や負荷率によって変動するため、メーカーの仕様書やカタログで確認します。
  • 運転時間(h): 連続で稼働させたい時間。今回は「72時間」となります。

【計算例】定格出力100kVA(80kW)のディーゼル発電機を、負荷率50%で72時間運転する場合

※燃料消費率を0.25L/kWhと仮定

80kW × 50% × 0.25L/kWh × 72h = 720L

この場合、最低でも720リットルの軽油を備蓄する必要があることがわかります。多くの発電機に標準で付属している燃料タンク(ベースタンク)は数時間分しか入らないため、72時間稼働には追加の備蓄設備が必須となります。

燃料タンクの増設と地下タンクの選択肢

必要な備蓄量が算出できたら、次にそれを貯蔵する方法を検討します。主な選択肢は、屋外に設置する地上タンクか、敷地内に埋設する地下タンクです。

タンクの種類メリットデメリット
屋外設置型タンク
(地上タンク)
地下タンクに比べて初期コストが安い設置工事が比較的容易で工期が短いメンテナンスや残量の確認がしやすい設置スペースが必要になる景観に影響を与える可能性がある災害時の破損や火災のリスクが相対的に高い消防法上の規制(保有空地など)が厳しい場合がある
地下貯蔵タンク地上スペースを有効活用できる景観を損なわない災害(地震・風水害)や火災に強く、安全性が高い燃料の温度変化が少なく、劣化しにくい初期コストが高額になる設置工事が大掛かりで工期が長い漏洩検査など、定期的なメンテナンスが法律で義務付けられている

どちらを選択するかは、敷地の状況、予算、BCPで求める安全性レベルによって異なります。なお、備蓄量が消防法で定められた指定数量(軽油の場合は1,000リットル)以上になると、「危険物施設」として消防署への申請や厳しい設置基準が適用されます。必ず専門の業者に相談し、法令を遵守した計画を進めることが重要です。

燃料の劣化対策と定期的な入れ替え

軽油などの燃料は、長期間保管すると酸化や水分の混入、微生物の繁殖などによって劣化します。劣化した燃料は、以下のような深刻なトラブルを引き起こす可能性があります。

  • エンジンフィルターや燃料噴射ノズルの詰まりによる始動不良
  • 出力低下やエンジン停止
  • エンジン部品の腐食や損傷

せっかく燃料を備蓄していても、いざという時に使えなければ意味がありません。燃料の品質を維持するためには、定期的な管理が不可欠です。具体的な対策は次の通りです。

  1. 定期的な燃料の入れ替え: 最も確実な方法です。推奨は1年に1回ですが、使用環境に応じて専門家と相談し、古い燃料を新しい燃料と完全に入れ替えます。
  2. 燃料劣化防止剤の添加: 燃料の酸化を防ぎ、スラッジ(不純物)の発生を抑制する薬剤を添加します。入れ替えのサイクルを延長する効果も期待できます。
  3. 燃料タンクのクリーニング: タンクの底には水やスラッジが溜まりやすいため、数年に一度は専門業者によるタンククリーニングを実施し、内部を清浄に保ちます。

長時間運転に耐えるための定期メンテナンス

72時間という長時間の連続運転は、発電機本体に大きな負荷をかけます。災害時にその性能を最大限に発揮させるためには、日頃からの適切なメンテナンスが欠かせません。

負荷運転または実負荷試験の重要性

消防法でも定められている「負荷運転」は、非常用発電機のメンテナンスにおいて最も重要な項目の一つです。これは、実際に発電機に負荷をかけて運転することで、エンジン内部に溜まったカーボン(すす)を燃焼させて排出するとともに、各部品が正常に作動するかを確認する試験です。

単なるエンジン始動(無負荷運転)だけでは、逆にカーボンを溜め込むことになり、性能低下の原因となります。必ず定格出力の30%以上の負荷をかけて運転することが重要です。

負荷運転には、実際に施設内の電気設備を動かす「実負荷試験」と、専用の試験機(擬似負荷試験装置)を接続する「擬似負荷試験」があります。特に実負荷での試験が難しい場合は、専門業者に依頼して擬似負荷試験を行うことで、確実に発電機のコンディションを確認・維持することができます。

冷却装置や潤滑油の点検

長時間運転では、エンジンのオーバーヒートや焼き付きを防ぐ役割を担う冷却装置と潤滑系統の点検が極めて重要になります。

  • 冷却装置: エンジンを冷やす冷却水(LLC)の量や濃度、汚れを確認します。冷却水は経年で劣化するため、メーカーが指定する交換時期を守ることが大切です。また、ラジエーターのフィンにゴミやホコリが詰まっていると冷却効率が著しく低下するため、定期的な清掃も必要です。
  • 潤滑油(エンジンオイル): エンジン内部の金属部品を保護し、円滑に動かすためのエンジンオイルは、人間でいえば血液のようなものです。オイルの量や汚れを定期的にチェックし、規定の交換時期もしくは運転時間ごとに新しいオイルとオイルフィルターに交換します。オイル管理を怠ると、エンジンの摩耗を早め、最悪の場合は焼き付きを起こして発電機が使用不能になります。

外部給油契約(燃料供給サービス)の検討

自社での燃料備蓄には、消防法上の制約や管理コスト、設置スペースの問題が伴います。これらの課題を解決し、さらにBCPレベルを引き上げるための有効な選択肢が「外部給油契約(燃料供給サービス)」です。

これは、災害発生時に燃料供給会社が優先的に自社まで燃料を配送してくれるサービス契約です。この契約を結ぶことで、以下のようなメリットが得られます。

  • 自社で大量の燃料を備蓄する必要がなくなり、管理の手間やコスト、設置スペースの問題を軽減できる。
  • 72時間を超えるような、より長期の事業継続が見込めるようになる。
  • 災害で交通網が寸断された場合でも、優先的に燃料を確保できるという安心感が得られる。

ただし、契約を検討する際は、どのレベルの災害まで対応してくれるのか、供給までにかかる時間はどれくらいか、契約料金は妥当かといった点を複数の業者で比較検討することが重要です。何よりも「災害時に本当に来てくれるのか」という業者の信頼性と実績を最優先に選定しましょう。

自社に最適な非常用発電機の選び方

BCP対策の成否は、自社の状況に最適な非常用発電機を選定できるかどうかにかかっています。特に「72時間」という長時間の連続稼働を達成するためには、発電容量、発電機の種類、そして設置環境まで、多角的な視点での検討が不可欠です。ここでは、後悔しない非常用発電機選びのための具体的なポイントを解説します。

必要な発電容量(kVA)の算出方法

非常用発電機を選定する上で最も重要なのが、必要な発電容量(kVA:キロボルトアンペア)を正確に算出することです。容量が不足すれば、いざという時に必要な設備が動かず、BCPそのものが機能不全に陥ります。逆に過大な容量は、導入コストやランニングコストの無駄につながります。以下のステップで、自社に必要な容量を把握しましょう。

STEP1:非常時に稼働させる電気設備をリストアップする
まず、停電発生時に最低限稼働させたい電気設備をすべて洗い出します。事業継続に不可欠な「重要負荷」と、それ以外の「一般負荷」に分けて整理すると考えやすくなります。

  • 重要負荷の例:サーバー、基幹システム用PC、通信機器、防災設備、医療機器、冷凍・冷蔵庫など
  • 一般負荷の例:一部の業務用PC、通常照明、空調設備、生産ラインの一部など

STEP2:各設備の消費電力(kW)と力率を確認する
リストアップした各設備の消費電力(kW:キロワット)と力率を、機器本体の銘板や取扱説明書、仕様書などで確認します。力率が不明な場合は、一般的な目安として0.8程度で計算することがあります。

STEP3:始動電流を考慮する
モーターを搭載した機器(ポンプ、コンプレッサー、エレベーター、空調の室外機など)は、起動する瞬間に定格電流の数倍にもなる「始動電流」が流れます。この始動電流を考慮せずに容量を計算すると、発電機がトリップ(緊急停止)してしまう原因になります。特に始動電流が大きい機器が含まれる場合は、専門家による詳細な計算が必須です。

STEP4:合計容量を算出し、余裕を持たせる
各設備の必要容量(kVA = kW ÷ 力率)を算出し、合計します。ただし、すべての機器が同時に起動するわけではないため、運転する順番(シーケンス)を考慮して最大負荷を計算します。最終的には、算出した最大容量に対し、将来的な設備の増設なども見越して20%~30%程度の余裕を持たせた容量の発電機を選定するのが一般的です。容量計算は専門的な知識を要するため、必ず電気主任技術者や発電機の専門業者に相談し、現地調査の上で最終決定することをおすすめします。

非常用発電機の種類と特徴

非常用発電機にはいくつかの種類がありますが、主流は「ディーゼル発電機」と「ガスタービン発電機」です。それぞれにメリット・デメリットがあり、72時間稼働という目的や設置環境に応じて最適な選択肢は異なります。両者の特徴を比較してみましょう。

ディーゼル発電機

軽油を燃料とするエンジンで発電する、最も普及しているタイプの非常用発電機です。実績が豊富で、多くの施設で採用されています。熱効率が高く、同じ量の燃料でより長く発電できるため、72時間のような長時間運転におけるランニングコストを抑えられる点が最大のメリットです。一方で、運転時の騒音や振動が大きく、排ガス対策も必要なため、設置場所の環境には配慮が求められます。

ガスタービン発電機

航空機のジェットエンジンと同じ原理を利用し、燃料を燃焼させたガスの力でタービンを回して発電します。ディーゼル式に比べて小型・軽量で、騒音や振動が少ないのが特徴です。そのため、屋上や地下など設置スペースが限られる場所や、騒音・環境規制が厳しい都市部のビルに適しています。ただし、本体価格が高価で、燃料効率がディーゼル式に劣るため、長時間の運転では燃料コストがかさむ傾向があります。

項目ディーゼル発電機ガスタービン発電機
主な燃料軽油灯油、A重油、都市ガスなど
起動時間比較的短い(10~40秒)やや長い場合がある(40秒~)
燃料効率(ランニングコスト)◎ 高い(長時間運転向き)△ 低い(燃料消費量が多い)
本体価格(イニシャルコスト)○ 比較的安価△ 高価
騒音・振動△ 大きい◎ 小さい
設置性△ 本体が大きく重量がある◎ 小型・軽量で屋上設置も可能
メンテナンス比較的容易専門性が高い
主な用途工場、病院、データセンター、商業施設など幅広い都心部の高層ビル、放送局、クリーンな環境が求められる施設など

設置場所の確保と注意点(騒音・排煙対策)

非常用発電機は、一度設置すると移設が困難な設備です。性能を最大限に発揮させ、安全に運用するためには、設置場所の選定と周辺環境への配慮が極めて重要になります。

設置場所の選定
設置場所は、主に「屋内」と「屋外」に大別されます。

  • 屋内設置:専用の発電機室を設ける方法です。建築基準法に準拠した換気・排煙設備の設置が義務付けられます。水害リスクを考慮し、可能な限り浸水の恐れがない階層に設置することが望ましいです。
  • 屋外設置:パッケージ化されたキュービクル型の発電機を屋外に設置する方法です。基礎工事が必要となり、風雨や沿岸部では塩害から機器を保護する対策が求められます。

騒音・振動対策
特にディーゼル発電機は運転時の騒音や振動が大きいため、事業所の従業員や近隣住民への配慮が不可欠です。多くの自治体では騒音規制条例が定められており、基準値を超える場合は改善命令の対象となる可能性があります。対策としては、防音壁の設置、発電機本体を覆う防音パッケージの採用、排気音を低減する消音器(サイレンサー)の取り付けなどが有効です。設置前に必ず自治体の条例を確認しましょう。

排煙・換気対策
発電機の運転に伴い、高温の排ガスが発生します。排気口の向きは、建物の給気口や窓、隣接する建物から十分な距離をとり、人や可燃物に影響が出ないよう慎重に計画する必要があります。また、室内設置の場合は、エンジン冷却と燃焼に必要な空気を確保するための給気と、室温上昇を防ぐための排熱換気が法律で定められており、これらを怠るとオーバーヒートによる停止や火災の原因となります。設置計画は、消防法や建築基準法、大気汚染防止法などの関連法規を熟知した専門業者と綿密に協議することが重要です。

非常用発電の導入・更新に活用できる補助金・助成金制度

BCP対策の要となる非常用発電機ですが、導入や更新には多額の初期投資が必要です。しかし、国や地方自治体は企業の防災・減災対策を後押しするため、様々な補助金・助成金制度を用意しています。これらの制度を賢く活用することで、導入コストを大幅に抑え、72時間稼働可能な強固な電源体制を構築することが可能です。ここでは、代表的な補助金制度とその活用方法、申請時の注意点について詳しく解説します。

国が実施する補助金制度の例

国は、企業の事業継続力強化を目的として、全国規模で利用できる補助金制度を設けています。公募時期や内容は年度によって変動するため、中小企業庁や各省庁のウェブサイトで常に最新情報を確認することが重要です。

中小企業強靭化対策事業費補助金

この補助金は、中小企業が策定した事業継続力強化計画(BCP)に基づいて実施する設備投資等を支援するものです。非常用発電機や蓄電池の導入は、まさにこの補助金の対象となる代表的な設備です。

「事業継続力強化計画」の認定を事前に受けていることが申請の前提条件となる場合が多いため、まずは計画の策定から着手しましょう。補助率や上限額は公募回によって異なりますが、設備投資費用の最大2/3が補助されるなど、非常に手厚い支援が期待できます。

項目内容
目的中小企業の事業継続力強化計画(BCP)に基づく設備投資の支援
対象者事業継続力強化計画の認定を受けた中小企業・小規模事業者など
対象設備非常用自家発電設備、蓄電池、給排水設備、耐震補強、情報システムのバックアップ設備など
補助率・上限額公募要領により変動(例:補助率2/3以内、上限数千万円など)
注意点原則として、補助金の交付決定前に契約・発注した設備は対象外

自家消費型太陽光発電や蓄電池との連携による補助金

近年、脱炭素社会への移行と防災対策の両立を目指す動きが加速しており、再生可能エネルギー設備と連携した非常用電源の導入を支援する補助金も充実しています。代表的なものに、環境省が所管する「ストレージパリティの達成に向けた太陽光発電設備等の価格低減促進事業」などがあります。

これらの補助金は、自家消費型の太陽光発電システムと定置用蓄電池の導入をセットで支援するものが中心です。平時は再生可能エネルギーで電気代を削減し、災害時には太陽光と蓄電池、さらに非常用発電機を組み合わせて72時間以上の電源確保を目指すという、よりレジリエンスの高い電源構成を構築できます。クリーンエネルギー導入による企業価値向上にも繋がるため、積極的に検討したい選択肢です。

地方自治体独自の補助金制度を探す方法

国の制度に加えて、事業所が所在する都道府県や市区町村が独自に設けている補助金・助成金制度も見逃せません。国の制度より補助額は少ないかもしれませんが、要件が緩やかであったり、より地域の実情に即した支援が受けられたりするメリットがあります。

これらの制度を探すには、以下の方法が有効です。

  • 自治体のウェブサイトで検索する: 「(市区町村名) BCP 補助金」「(都道府県名) 非常用発電機 助成金」といったキーワードで検索します。産業振興課や防災課のページに情報が掲載されていることが多いです。
  • 商工会議所や中小企業支援機関に問い合わせる: 地域の商工会議所やよろず支援拠点などは、地元企業が活用できる補助金情報に精通しています。
  • 補助金検索サイトを活用する: 中小企業基盤整備機構が運営する「J-Net21」などのポータルサイトで、地域や目的別に補助金情報を検索することも可能です。

地方自治体の補助金は、国の補助金との併用が認められている場合もあります。併用できれば、自己負担をさらに軽減できるため、必ず確認しましょう。

補助金申請の注意点と専門家への相談

補助金は非常に魅力的な制度ですが、活用するにはいくつかの重要な注意点があります。手続きの煩雑さから申請を断念することがないよう、ポイントを押さえておきましょう。

まず最も重要なのが、「必ず補助金の交付決定後に、設備の発注・契約を行う」という点です。ほとんどの補助金では、申請前に発注・契約したものは対象外となってしまいます。焦って業者と契約を進めないよう、スケジュール管理を徹底してください。

また、申請には事業計画書や見積書、図面など専門的な書類の作成が求められます。公募期間は1ヶ月程度と短い場合も多く、不備なく書類を準備するには相応の労力がかかります。

ステップ内容注意点
1. 情報収集・計画策定自社に合った補助金を探し、事業計画(BCPなど)を策定する。公募期間は短いことが多い。常にアンテナを張っておく。
2. 申請準備公募要領を確認し、申請書や事業計画書、見積書などを作成・準備する。書類の不備は審査の対象外となる。複数人でのチェックが望ましい。
3. 申請公募期間内に、指定された方法(電子申請など)で申請を完了させる。締切間際はアクセスが集中する場合があるため、余裕をもって申請する。
4. 交付決定審査を経て、採択されれば「交付決定通知書」が届く。この通知を受け取るまで、絶対に発注・契約してはならない。
5. 事業実施・支払い通知書受領後、発電機の設置工事などを開始し、業者への支払いを行う。契約書や領収書など、すべての証憑書類を保管しておく。
6. 実績報告・補助金交付事業完了後、期限内に実績報告書を提出。審査後に補助金が振り込まれる。報告書の提出が遅れると補助金が受け取れない場合がある。

こうした複雑な手続きを自社だけで行うのが難しい場合は、専門家のサポートを受けることを強くお勧めします。非常用発電機の販売・設置業者の中には、補助金申請のサポートをサービスに含んでいる企業も多くあります。また、行政書士や中小企業診断士といった専門家は、最適な補助金の選定から、採択率を高める事業計画書の作成、煩雑な申請手続きの代行まで一貫して支援してくれます。専門家への依頼費用はかかりますが、担当者の負担軽減や採択の確実性を考えれば、十分に価値のある投資と言えるでしょう。

まとめ

BCP対策において、非常用発電機の72時間連続稼働は極めて重要です。大規模災害時、電力復旧の目安となる「72時間の壁」を乗り越え、事業と人命を守るための基準だからです。これは消防法等の法的義務を超えた自主的な備えであり、実現には十分な燃料備蓄や定期メンテナンスが不可欠です。国や自治体の補助金制度も活用し、自社に最適な発電機を計画的に導入することが、万一の事態に備える企業の責務と言えるでしょう。